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プロフィール

ダイ

Author:ダイ
手縫家一圭の作り手:ダイ

革細工のきっかけ:
歳相応の革の鞄を探していたが欲しいものが見つからず、いっそのこと作ってやろうと、そんなこんなで今に至る。しかし、始めてから4年になるが、いまだに欲しい鞄が作れていない(笑)
基本的に和風が好きで、模様や絵ではなく、形や雰囲気で和を出すことを目標にしている。

趣味:読書

悩み:極度の雨男。軒から出ると雨が降り、戻るとやみ、また出ると降り、戻ってやむ、ということが実際にあったほど。イベントにたまに一緒に行く友人がいるのだが、こいつも雨男。二人が揃うと、自然に雨を前提とした計画になる(笑)
イベント仲間に
『あれ?一圭さんがいるのに雨が降ってない。』
と言われたことがある(ノω・、)

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管鮑

2012.03.24 03:42|未分類


私は今、先日から例によって宮城谷昌光著『管仲』を読んでいます。もちろん2周目です。

管仲とは、中国の春秋戦国時代の斉の国の宰相です。まあ、首相と考えて差し支えないかと。
中国史上でも5本の指に入る名宰相。
生まれは名家であるが、父親の急逝により家は没落。実家の家族を養いながらも勉学においては右にでるものはいないほどの大成をみせるが、太公望のいた時代の反逆者『管叔鮮』と同じ『管』という名のせいでだれもが冷たい視線をなげかけ、重用してくれるものはいなかった不遇の志士。若い頃は、当時最下層である行商をおこなったり、各地を転々とし、得た知識見聞を我が身に入れていた。

そんな不運な管仲を支えたのは無二の親友である鮑叔牙。

誰が管仲を疑おうが、鮑叔だけは疑わず、管仲が大器であることを信じて疑わず、行動をともにし、ともに学ぶ。
運命のいたずらか、管仲と鮑叔はお互いに敵同士の主君をもち、敵対することになる。
結果は鮑叔の主君が斉の王(桓公)となり、管仲の主君は処断され、管仲はとらえられ、王に死を垣間見せたことからも処刑されそうになるが、鮑叔の
『ご主君が、斉の国主であるだけでご満足なら私でもお役に立つでしょう。しかし、天下の覇者となるおつもりなら、管仲を宰相にしなければなりません。』
という推薦により、ことなきをえる。どころか、罪を免じただけではなく、宰相の地位に就けて国政を任せた。その善政の手腕により、国は栄え、桓公をして覇者たらしめた。

管仲曰く
『私がまだ若かった頃、鮑君と一緒に商売をやったが、いつも分け前を彼よりも多く取った。しかし、彼は私を欲張りだとは言わなかった。 私が貧乏なのを知っていたからだ。また、ある時、彼を助けようとしてやったことが失敗し、かえって彼を窮地に陥れてしまったことがあったが、 彼は私を愚か者だとは言わなかった。事には当たり外れがあるのを知っていたからだ。私は何度も出仕してはその度にクビになったが、 私を無能だとは言わなかった。まだ、運が向いて来ないだけだと知っていたからだ。戦さの時に何度も逃げ出したが、それを卑怯だとは言わなかった。 私に年老いた母がいるのを知っていたからだ。また、糾さまが敗れ召忽が自殺したとき、私だけが縄目についたが、それを恥知らずだとは言わなかった。 私が小事にこだわらず、未だ天下にその名の あらわれないことだけを恥じていることを知っていたからだ。私を生んでくれたのは父母だが、私を育ててくれたのは鮑君だ。』


これが有名な『管鮑の交わり』の管仲と鮑叔です。
この最後の文句、大好きなんです^^
心洗われるような話が多々あり、それがこの作者の本が落ち着く理由の一つでしょう。

運良く、私にも管仲がいます。鮑叔となれずとも、ともに歩み、ともに学び、いつか大成したあかつきには、友との一献を夢に見ています。
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